haru0331kun’s blog

主にインフラや地方自治について書きます。

 

アクセルとブレーキの話

 

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一年前、父親から勧められた本で、「事実vs 本能」という本を読んだ。日常生活に関わることを詳しく分析していてとても良書だった。

 

考えると、人間って常に二つの異なる感情の葛藤のもとで生きている。例えば経営者や政治家。得た収益や税収を全て自分のものにしたい、権力をもとに綺麗な女性やイケメンを手に入れたいなどと言う「利己心」を心の奥底には必ず持っている。

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まぁイケメンの代表例の佐藤健と綺麗な女性で思いついた新木優子。余談だがこないだバイト先に新木優子きたんよな、オーラがすごかった笑。

 

 

しかし、その利己心を全面に押し出せば社員や国民の怒りを買い、社会的に存続できなくなる。そこで、「再分配」「給料削減」などの「利他心」に基づいた行動や、利益に結びつかない行動も取らないといけない。

 

いわば、「利他心」は、人間の本能とはかけ離れた行動と言える。ただし利己心だけで生きれば人間社会は必ず壊れるし、そのことは社会学ホッブズが、「万人の万人に対する闘争」としてその状態を表している。

 

一方、「利他心」だけで生きる社会はどうか。環境問題を来にとってみよう。一見、「環境を綺麗に」「節約しよう」などと言うスローガンを掲げる社会は素晴らしい。

だが、この社会はやっぱり「利己心」という人間の本能を無視しているため、長く続かない。または、人々は自分の本能を無視して生きるため、つらいと思いながら生きている。その不満のはけぐちが他人になり、やがて他人に自分の考えの押し付けや強制が始まっていく。

ちなみに、カンボジアソ連などの共産主義国家で独裁・強権政治が行われやすくなるのは、この

「利己心」を無視して無理やり社会を作ろうとする営みから行われるものである。

 

ここまでまとめると、

人間には、本来持つ「利己心」と、社会的に要請される「利他心」の葛藤の下で生きている。利己心がアクセルだとしたら利他心はブレーキであり、それぞれが、アクセルとブレーキの匙加減を調整している。自分なりの車の運転の仕方を模索するみたいに。

 

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ちょうどカーズみたいに。昔からこの映画大好きで何回も見てた。マックイーンも最初はアクセル=利己心全開で、傲慢な性格だったけど、ラジエータースプリングスに行って、ドックと交流を重ねる中で、他人を思いやる心などの、利他心=ブレーキを身につけたよね。最後のレースでキングを助けるシーンは何度見ても感動もの。

 

 

そして俺はこの、アクセルとブレーキの匙加減を身に付ける場が学校であり教育機関であると考える。ちょうど車の教習所のように。教育に携わるものは、カーズのドックみたいな人が理想的だと思う。

 

 

拙い話ですみません。

教育の話は長くなるのでまた今度。あと話が抽象的になってしまったので、次回からは具体例交えながら書きます。

 

 

東京に人が集まる理由②

前回の続き。

今日は電車編。

 

前々回関東の電車って質がクソでボッタクリってディスりまくった。

まぁそれは事実なんだけど、ただ一方で便利で重宝してるんも事実。そして、東京に人が集まる理由の一つも電車だと思う。

 

写真は順番に東京、大阪、名古屋の路線図。

まぁ正直便利さでいえば三都市ともそこまで大差ない。鉄道使えば都心部は大体回れる。

 

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じゃ東京と他の都市では何が違うのか?

それは直通運転の仕組みである。

 

東京は千代田線と小田急南北線目黒線埼玉高速鉄道のように、地下鉄と郊外の私鉄・jrが大体繋がっている。さらに、地下鉄を通して郊外同士の移動もできる。例えば田園都市線に乗れば半蔵門線を介して東武につながり、一本で神奈川県から埼玉県に出れる。とにかく座って寝てれば都心部などに出れる利便性はとても高い。

 

俺も実家は東横線の沿線で、副都心線と繋がっているから一本で新宿、池袋へ、中目黒で日比谷線に対面乗り換えで銀座、六本木へ、日吉で目黒線に対面乗り換えで永田町、大手町あたりまで一本で行ける利便性を享受しまくっている。

 

この直通運転のシステムは他の都市はあまりない。大阪では阪急京都線と地下鉄堺筋線くらいであり、基本的には郊外→都心部に行こうとしたらどこかの駅で乗り換えが必要である。名古屋は地下鉄上飯田線名鉄くらいか。

 

まぁ別に直通運転してなくても乗り換えさえすれば都心部行けるからそこまで不便ってわけではないけど、ただやっぱり乗り換えなしで色々なところは行けるメリットはデカいな、いやデカすぎる。

そしてその利便性ゆえに、東京には人が集まるし、それから一度住んだらなかなか離れないんじゃないのかな。やっぱり質がクソでも利便性にはなかなか勝てんのよな、俺も関東の電車disりながら毎日使ってます笑。

 

てなわけで今回は東京に人が集まる理由を電車編から考察してみました。このシリーズはまたやっていく感じで今度は他の都市とかもやっていきたいと思います〜。

 

追記

東京は便利な分、寝過ごしたら大変です笑。俺はあんまないけど、父親から地下鉄寝過ごしてて郊外の辺鄙な駅まで行った話はよく聞く笑。前、千代田線で大手町→明治神宮前まで乗ろうとしたら小田急の登戸まで行って、さらに終電が終わってたからタクシーで帰ってこざるを得なかったらしい笑。

 

日本社会①〜失敗を前提としない〜

 

まぁ人生って色々失敗だらけだと思う。

人間関係、恋愛、酒、金、…

そんな失敗があるからこそ俺は人間って面白いと思うし、楽しいんだと思う。

 

ところで

日本って失敗に厳しい、いや、失敗を前提としない社会だなって前々から思っている。

例えば受験なんかでも、年齢制限はないけれども何浪もしていたりすると世間から変な目で見られる。

企業でも事故が起きたら、その原因追及や再発防止策を議論するよりもまず先にマスコミなどに叩かれる。

あとは前言った、教育ママパパなんかもそう。子供が一回勉強に失敗しただけでヒステリックに怒り狂い時には手を上げる。

 

そう言う社会だからか、「失敗しない」ように生きることを目指す人が多いように思える。とにかく普通に生きて普通に生活できることを志向する感じかな。だからなんとなく息苦しい感じがする。

 

ところで

先週、マッキンゼーの危機管理の本を読んでそこにパイロットの事例があった。今は怪しい航空会社を除き基本的には墜落事故って起きない。

なぜ起きないのか?そこではパイロットが日々、小さいミスを管制官や航空会社の人などと共有できる仕組みが整っていることが要因の一つだって書いてあった。

 

失敗を前提として、小さいミスを共有し、大きなミスを防ぐ。パイロットの仕組みもだけど、そんな風な社会が一番人間らしくて生きやすいと思う。

 

なぜ東京に人が集まるのか?①

 

前回は電車を通じて関東をディスった笑。

 

関東の電車は料金の割には安っちい、家畜運搬車みたいな電車しかないし、良いサービス受けようとするとぼったくられる。

あとは物価高い、観光地乏しいなどなど。

 

じゃあ今日はその反対編。

なぜそんな住環境クソな一面がある関東に日本全国から人が集まり続けるのか?

今日は東京の街に着目しよう。

 

なぜ東京を出すのか?言っちゃ悪いが、関東って東京+アルファでしか無いからだ。神奈川も千葉と埼玉も、みんな朝は東京に働きに出るし、横浜とかも観光地はあれど東京のベッドタウンでしか無い。だからこそ東京に着目したい。

 

ところで、東京に人が集まる理由を語ろうとすると、

すぐに東京は首都だから、国が力入れているし、人が集まるんだ!政策のおかげだ!という人がいる。

確かにその面も否定はできない。全ての省庁は霞ヶ関に集まっているし、役所があるからそれに関連する企業の本社も集まる。東京の開発には中央政府も後押ししている。それは事実である。

 

けど、それだけだったらずーっと人集まるのは難しいと思うんよな。

 

俺が思うに、

街が目まぐるしく変わり続けていることが要因だと思う。東京には丸の内・大手町をはじめ、六本木・赤坂エリア、新宿・渋谷などの副都心、品川などの臨海部などさまざまな都心が存在する。そしてこれほど街が急スピードで変わる都市は日本には他には無い。強いて言うなら、梅田や万博を見据えて湾岸部の再開発が進む大阪くらいだろうか。

 

丸の内では企業の本社、それから商業施設の建て替え・新設が相次いでいる。渋谷はスクランブルスクエアをはじめ、再開発が後を立たない。六本木・赤坂エリアはまもなく日本一高いビルが構築される。品川エリアはリニアの開通を見据え高輪ゲートウェイをはじめとして、大規模な再開発が相次いでいる。

 

こんな感じで目まぐるしく、しかも同時進行でさまざまな所が変わっているのが東京である。

 

人間は日々、新しい刺激を求めて生きる生き物である。その本能を満たしている場所、それが東京であり、さらにその周辺を含めた関東地方である。

 

追加

地方都市が東京への流出を抑えたいのであれば、東京の街づくりの手法を参考にし、人々が飽きない都市を作ろうとする動きが必要だと考える。もちろん財源等が違うから東京並みの大規模なものは難しいだろうけど、それでも東京から学べることは多くあるんじゃ無いのかな。

いつまでも中央政府に頼っていたら何も変わらん。

フェリービジネスは今後伸びる

 

これはビジネス経験も何もない、21歳の大学生が書いているものなので拙くてすみません。

 

先日、大阪南港→北九州でフェリーを使って旅をしてきた。

 

フェリーには以下のメリットがあると思う。

①安い。南港→北九州での料金は8390円だったが、運賃+宿泊代+風呂代と考えれば相当お得なのではないか。ちなみに同区間、新幹線は運賃+乗車券で1万円を上回る。

②快適に寝れる。夜行バスはフェリーよりは安いが、その分寝れる確率は低いし、健康に悪い。

③マイカーを持ち込める。これは特に家族連れの方にとっては魅力的であると思う。実際に俺が乗った時には、家族連れでマイカー持ち込んでいる人が多くいた。

④時間を有効活用できる。俺が利用した便は大阪南港19時50分発、北九州門司港に8時30分着。さらに門司港から小倉までは無料送迎バスもあり、朝から目一杯活動ができる。南港からはニュートラムを使えば30分程度で都心・梅田にアクセスできる。

 

ざっとこれだけのメリットがある。

場所の制約が大きい寝台特急や夜行バスではできないサービスが提供できているのである。現状ないけど、例えば東京→大阪間を夜間に結ぶフェリーが有れば、ビジネスマンや長距離ドライバー、マイカー持ちの方などの需要を幅広く取り込めるのではないかと思う。

 

一方、以下の欠点も感じた。

①飯が高い・マズイ。夕飯代1600円、朝食750円だったが、大衆食堂並みの飯しか出てこない。

Wi-Fiが使いにくい。海の上だから電波が届かないのは知ってる。ただ、Wi-Fiが一回30分で一日3回までというクソ設定。これじゃ仕事もままならないし、何もできない。せめて利用時間を撤廃することくらいはできるのではないだろうか。

③利用目的に応じたスペースが少ない。フェリーには一人旅できている人、家族・友人連れの方、仕事でなっている人などさまざまな利用タイプがいる。ただし現状では多目的スペースが一つしかなく、仕事したい人でも、家族・友人連れの人がワイワイしている中でしないといけない感じになっている。船の中にコワーキングスペースを設けたり、共用スペースの多角化等を図っても良いのではないだろうか。

 

ざっと挙げたメリットデメリットはこんな感じ。ただし、このデメリットはあまり費用をかけなくても改善できそうではあると思うし、それが克服できればビジネスマンなど、もっと多くの利用者数が見込めるのではないだろうか。

 

追加

フェリービジネス活性化した場合、以下の更なる経済効果が見込めると考える。

それは湾岸部エリアの活性化である。どの都市でも湾岸部エリアはバブル時代に多くの建物が建てられた割に空き地が多く、経済効果をうまく挙げられていないと考える。

 なぜか?今は都心部での再開発が進み、湾岸部に行く必要性が薄いからである。東京であればお台場に行かずとも丸の内、新宿など、大阪であれば梅田や天王寺などの都心部で買い物などを全て済ませられる。

 一方、フェリービジネスが活性化すれば、フェリーに乗りに湾岸部に行く人が格段に増える。フェリー出発時刻までの間にご飯などを済ませたい人も多くいるだろう。その需要をうまく掴み、新たな施設の開業などを行えば、空き地だらけの湾岸部も活性化していくのではないだろうか。

大都市の実力について

 最近思うことは、日本人は自分の住む都市の実力を知らなさすぎで、インフラの規模も都市規模の割に少なすぎるということである。

 関東の人口を見ていこう。東京単体の人口は1400万人弱であるが、そこに埼玉、神奈川、千葉など周辺の地域を加えると3700万人近い人口になる。これは3100万人のジャカルタ都市圏を抜き、堂々の世界一位の人口である。この事実を関東に住む人は知っているのだろうか。

 また、東京に住むのに慣れるとほかの都市を田舎だと思ってしまうことが多いが、多くの人は地方都市の人口を知っているのだろうか。関西圏の人口は1900万人弱、これはニューヨーク都市圏とほぼ等しい。名古屋を中心とした中京圏は1000万人強で、パリ都市圏より少し少ない程度の人口がいる。そのほか福岡や札幌などの人口も多い。東京の人口を当然と思うからなかなか見えないが、日本の他の都市は世界的に見たら十分すぎるくらいの大都市なのである。

 しかし、日本の都市は都市規模の割に公共インフラの規模が小さすぎる。ここで空港について挙げ、中京の例を見てみたい。空港は国内、国外の人、モノ、カネを集める重要な産業拠点であり、また国の表玄関になるため、国の偉人にちなんだ名前が付けられやすい。

 中京の主な空港はセントレアであるが、滑走路は一本しかなく、敷地面積は450haほどしかない。いくら東京や大阪に近いとはいえ、後背人口を1000万人近く抱える玄関口としての機能を果たせているのか、疑問である。ほかにも県営名古屋空港もあるが、ほとんど機能していないに等しい。
 中京圏より少し多い人口を抱えるパリはどうか。メインの空港、シャルルドール空港は滑走路4本を抱える、ヨーロッパ最大規模の空港である。その他にも4つの空港があるが、既に空港の処理能力は限界に近い。なぜほとんど同じ人口を抱える中京圏、その玄関口である貧弱なセントレアでは機能不全を起こしていないのか、不思議でしょうがない。

 次に高速道路の例を見ていきたい。日本の三大都市圏の人口を合わせると6000万人弱おり、これは世界でも有数の人口である。この三大都市圏をつなぐ道路は一昔前までは東名と名神しかなかった。近年、新東名と新名神が建設されつつあるが、一昔前まではそんな無駄な道路はいらない、という批判がとても多かった。その批判を受けてコストダウンがなされ、一部の区間では片側3車線→2車線に削られてしまった。本来この区間の道路は何個あっても足りないくらいであるのだが、闇雲にこの道路の建設を批判していた人は三大都市圏の人口をきちんと知っていたのか、疑問である。この都市圏の人口や実力をきちんと知っている人が多かったならば、このような批判は少なかっただろう。
 まとめると、日本人は東京を中心に見がちで、自分の住む都市を過小評価しすぎる傾向がある。しかし、きちんとデータを見れば日本の多くの都市は世界的な大都市であることがわかる。過小評価しすぎるせいでその都市の持つポテンシャルなどをつぶしていることが多いのではないか。このことは道州制にもつながる話であるが、いずれまた書こうと思う。